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『ディア・エヴァン・ハンセン』感想7回目。シンシア・マーフィーが果たした役割は何だったのか。

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※注意!映画版『ディア・エヴァン・ハンセン』のネタバレがあります。

 

 

『ディア・エヴァン・ハンセン』記事も第7回目だ。今まで色々と書いてきたが、ゾーイとコナーの母シンシアに関して、いまいち考えがまとまらずにいた。

3回目の観賞を経て、「これかも」というものが浮かんだので、今回も妄想濃度97%の記事を書きたいと思う。

 

 

 

「物語論」で『ディア・エヴァン・ハンセン』を見る

今回の記事では物語上の役割について注目したいため、登場人物の感情自体にはあまり触れないでおく。というのも、シンシアについては彼女の感情を含めて考えると、私自身が混乱して納得のいく結論に至らなかったのだ。逆に物語論的なものに従って考えてみると、すっきりしたわけである。

 

さて、そもそも物語とは「主人公が日常の世界から非日常の世界に移動し、試行錯誤をくり返しながら目標を達成し、また日常の世界へと戻ってくる」ものだ。

 

これだけだと「何じゃこりゃ?」なので、せっかくだから『ディア・エヴァン・ハンセン』を例にしてみたい。

エヴァンは誰かとふれ合いたいという思いはあるが、自分にブレーキをかけている。だから誰にも気づかれない。エヴァンの日常の世界は「本当の自分を隠している世界」だ。

だが、「コナーの親友」と勘違いされることで、エヴァンを取り巻く環境は急変する。非日常とは「自分は孤独でないと知り、本当の自分と向き合う世界」である。

だが、嘘でつくりあげた居場所も維持できなくなる。エヴァンは皆に真実を明かし、真実のコナーと向き合うことで、本来の自分を見つける。新たな日常とは「ありのままの自分を手に入れた世界」と言うべきか。

 

 

「非日常世界」へ誘われたエヴァン

ここで1回目の感想記事に戻ってみたい。私はこの記事で「エヴァンは「コナーの親友」という姥皮を着た」と表現した。今回もまた、姥皮という観点を用いてみたいと思う。

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物語の主人公は、日常から非日常の世界へ移るときに、賢者的な存在から姥皮をもらう。非日常の世界とは、「子どもから大人へ変わる不安定な時期」の象徴なのだ。ここで言う賢者的な存在とは、『スター・ウォーズ』におけるオビ=ワン・ケノービを考えるとわかりやすいと『キャラクターメーカー』という本で、大塚氏は述べている。オビ=ワンはルークにライトセーバーを与え、フォースの何たるかについて教えを授ける。これらはルークがジェダイとして成長する際に必要なものだ。

 

エヴァンは非日常の世界へ行くに当たり、「コナーの親友」という姥皮を与えられる。与えたのはシンシア。ここで私は「シンシア=賢者」だと考えたわけである。

非日常の世界へ移動したエヴァンを、シンシアはさらにマーフィー家という居場所も提供する。エヴァンは父を失い、仕事に打ち込んでいる母ハイディとは二人の時間が持てずにいる。彼は外の世界だけでなく、家の中でも孤独だった。

 

シンシアから提供されたマーフィー家は、非日常世界でエヴァンを一時的に保護してくれる疑似家族だ。誰かから拒絶されることを恐れ続けていたエヴァンは、マーフィー家で他者から受け入れられることの喜びを知る。

 

 

シンシアがエヴァンに与えたもの

その他にも、シンシアは要所要所でエヴァンの人生の転機にかかわる。コナーの追悼集会でスピーチに失敗したとき、彼が再び立ち上がるきっかけを作ったのもシンシアだ。恥ずかしい姿を多くの人間に見られ、挫けそうになったエヴァンにシンシアは優しく微笑みかける。勇気づけられたエヴァンは、あらかじめ準備していたメモではなく、自分の言葉でしゃべり出す。心から感じたことを伝え、聴衆に「君はひとりじゃない(You Will Be Found)」と語りかけるエヴァンの姿は、聴衆の心を打ち、世界中に拡散された。

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そして、エヴァンがハイディと魂レベルでのやりとりを交わすことができたのも、シンシアがエヴァンの学費提供を申し出たことがきっかけだ。この出来事によりエヴァンとハイディは口論という形で、今まで口に出さずにいた言葉を発することができた。

 

「コナーの親友」として過ごした非日常世界の終わりで、エヴァンはマーフィー家の人たちに自分の嘘を明かす。姥皮を脱いだエヴァンに対し、シンシアは言う。「帰ったほうがいいわ」

これは傷ついたシンシアによる拒絶の言葉だが、同時に賢者的存在としてのシンシアがエヴァンにかけた「日常へ戻るように要請する言葉」でもあったように思う。その後、エヴァンはハイディとお互いの思いを伝え合い、絆を深め合った。この絆がエヴァンにとって命綱になったことは、過去の記事で述べている。

nhhntrdr.hatenablog.com

 

 

シンシアにより非日常世界へ誘われ、エヴァンは「人とのつながり」がいかに救いになるかを知った。そして、日常世界で彼が抱えていた「ブレーキをかける」という認識を改めた。成長した彼はシンシアに背中を押され、新たな日常世界に戻ってきたのだ。

 

 

最後に

そういうわけで、現時点の私はシンシアを「エヴァンにとっての賢者」だと結論づけたい。シンシアは(彼女自身の気持ちはともかくとして)エヴァンに古い自分を捨てて成長するように要請した存在だったのだ。

 

 

nhhntrdr.hatenablog.com

 

物語論については『キャラクターメーカー』以外に、以下の書籍を参考にさせていただいた。

 

実際にハリウッド映画のストーリー開発にかかわっているクリストファー・ボグラーの書籍。

 

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