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『孫子』を読むなら、元阪神監督・岡田彰布氏のコメントを解読するデイリースポーツ記者の気持ちになってみようという提案

私事だが、今年の7/10に開催された三国志学会主催の「第7回“三国志”の作り方講座」に参加した。

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このときのテーマが三国志研究の第一人者・渡邉義浩先生による「後漢末から三国時代における教育」で、三国時代を生きた人々がどの機関で教育を受けたのか、何を学んだのかについて知ることができて、大変ためになる講義だった。

 

 

 

さて、そこで『孫子』についても取り上げられていた。そう、最近ではビジネスマンにも愛好されている、中国古代の兵法書孫子』である。

孫子』は前5~4世紀に成立したと言われ、三国時代の時点で約700年も昔の書物となっていた。私たちから見てちょうど700年前の西暦1321年についてWikipediaで調べてみれば、日本なら鎌倉幕府の時代、中国なら元の時代だったそうな。我々が鎌倉時代の文献を容易く読めないように、三国時代の人たちが『孫子』をスラスラ読めなかったのも無理はない。

 

そういうわけで、三国時代の人たちも『孫子』を如何に解釈するか、学者たちが研究を進めていたようだ。

特に有名なのが三国志の英雄・曹操だ。彼は自分の戦いの経験を踏まえて注釈を書き、『孫子』本編に付け加えている。曹操の注が付いた『孫子』は現存しており、私たちも手に取ることができる。

 

また、『三国志演義』の序盤に出てくる、よく知らんが偉いっぽい人・皇甫嵩の伝記『後漢書 皇甫嵩伝』には、曹操の編纂した『孫子』本文とはまた違った形の本文が引用されている。当時の人は自分の思想に合わせて本文をいじり、それに沿った注を付けるといった作業をくり返していたらしい。

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講義を聴きながら取ったメモが手もとに残っているので、記載しておく。

「漢文とは漢代の文章を指す。孫子など漢より前の文章は、それに当たらない。漢代以降の人間から見ると言葉足らずだから〈注〉が必要」

そう、『孫子』は後世の人間から見ると、言葉足らずだ。

 

例えば「第五章 勢篇」の一節。

凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。

 

引用元:浅野裕一孫子』、講談社

 

訳者の浅野氏はこの部分を「およそ戦闘というものは、正法で敵と対陣し、奇法で勝利を得るのである」と訳している。

そして後ろに続く解説文で、「そもそも正と奇とは何なのか」について紙幅を割いて解説している。従来は「定石と奇策」「正兵と奇兵」のように解釈されてきたが、これがどうも孫子の意図とは異なっているようなのだ。では「正と奇」の本来の意味は何なのか。これについては、浅野氏の『孫子』を実際に読んでいただきたい。

 

ここで言いたかったのは、『孫子』が言葉足らずだったからこそ、2000年以上も人々は、あーでもないこーでもないと議論を繰り広げ、孫子の意図を探ろうとしてきたということだ。当時はそういうシンプル文法だったのだろうし、仕方ないことだとは思うが、もっときちんと説明してくれれば、皆は振り回されずに済んだのである(暴論)。

 

このくだりを聞きながら思い出したのが、「どんコメ」の存在だ。

wikiwiki.jp

どんコメとは、岡田彰布氏の阪神タイガース監督時代のコメントを指している。

上のサイトから解説を引用させていただく。

岡田は複数の身内から指摘されるほどの主語や述語の省略癖があり、監督時代にもそのような発言が多く見られた。
そのため受け手側は主語述語を的確に埋める能力が求められる。そして常人には理解不能な発言を翻訳出来るようになった者は「どん語鑑定士」と呼ばれる。特に「デイリーちゃん」ことデイリースポーツ記者は、岡田の現役時代から付き合いがあるので翻訳精度は非常に高いと評判。

ちなみに「どんコメ」の「どん」とは岡田氏のあだ名「どんでん」から来ている。

 

とにかく上のページの「代表的などんコメ」を読んでいただきたいが、ここでは例としてひとつ引用してみる。

そう(トレードに)なれば、そう(出血覚悟に)なるやろ

カッコ内の言葉は記者が付け足したもの。補完も含めて読まないと、意図をつかめない。そう、『孫子』と同じだ。

原文だけでは何を言っているかわからない『孫子』を自分なりに解釈し、必要な言葉を補完する。曹操はデイリースポーツ記者――デイリーちゃんだったのだ。

 

 

どんコメぶりを発揮していたのは『孫子』に限った話ではなく、『春秋』という歴史書も非常にシンプルな記述だったために、後世の人間は多様な解釈を生み出した。『春秋』にもデイリーちゃん的な存在がいたのだ。彼らは〈伝〉という形で『春秋』本文を補完した。

特に有名なデイリーちゃんが左丘明で、彼の手によるとされているものが有名な『春秋左氏伝』だ。ほかにも『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』が有名どころで、「春秋三伝」と呼ばれている。

せっかく左丘明たちが伝を付けてくれたのだが、これも三国時代になると古すぎて、意図が分からなくなってくる。そこで三国時代のデイリーちゃんたちは〈注〉を付け加えた。だが、それも古くなると、さらに後代のデイリーちゃんたちが補完する。

 

このようにして『春秋』本文では「元年、春、王正月」というたった六文字の記述だったのに、最終的に伝や注などを含めて六〇三文字にふくらんだという話については、『儒教と中国 「二千年の正統思想」の起源』に詳しく書かれているので、ぜひ読んでいただきたい。私はこのくだりで笑ってしまった。

 

というわけで、『孫子』を読むときはデイリーちゃんになったつもりで読もうという提案である。もしかしたら、まだ研究者たちが見いだしていない『孫子』の思惑が隠されているかもしれない。私たちだって、『孫子』にとってのデイリーちゃんになれるかもしれないのだ。

それに『孫子』を読んで理解できなかったとしても落ち込む必要はない。デイリーちゃんだって、どんコメを解読できるようになるまで、何年もかかったに違いないのだから。

 

 

すごく適当なことを書いてしまって、冷や汗をかいている。『孫子』をはじめとする漢文研究者の方、野球関係者の方、大変申し訳ありません。こんな記事、鼻で笑ってから忘れ去ってください。

 

 

 

※第8回“三国志”の作り方講座が開催決定らしいですぞ!

 

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