映画っていいねえ。本っていいねえ。

映画や本の感想など。ネタバレ全開なので、ご注意ください。

【随時更新】歴史系記事まとめ。古代中国、近代タイなど。

歴史を扱った記事、事実をもとにした映画や書籍などの感想記事をまとめてみた。今後も該当する記事を作成したら、ここに付け加えていこうと思う。

 

 

韓国近現代史:『タクシー運転手 約束は海を越えて』

韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』の感想。

この映画は韓国で実際に起こった「光州事件」を題材にしている。韓国にとっての光州事件近現代史における重大なものであるようだ。同じく光州事件を題材にした映画は多く、私は『1987、ある闘いの真実』『ペパーミント・キャンディー』を観賞したが、どちらも重厚かつ心を掻きむしられるような作品だった。

『タクシー運転手』はリアル志向な上記2作品に比べると、比較的エンターテイメント性を重視した作品だと思う。導入部は面白おかしい描写が続くので、気軽に観ることができる。だが、徐々にシリアスなシーンが増していき、後半は苦しみを伴った主人公の変革への物語と変わっていく。

楽しく観ながら、隣国の歴史に思いを馳せられる名作だ。

 

 

日本近現代史:『悪魔のささやき』

記事内で実際に起こった「横須賀線電車爆破事件」に触れているので、こちらもまとめさせていただいた。

歴史をテーマにした書籍ではないが、著者の加賀乙彦氏は少年時代に戦争を経験されている。また、戦後は医務部技官として東京拘置所に勤務し、戦後史に残るような事件を起こした死刑囚と接してこられた。いわば、日本近現代史の生き証人のような方である。

『悪魔のささやき』では、軍国少年だった自身の経験や東京拘置所で出会った死刑囚たちについて触れられている。

日本の近現代に起こった事件は、決して現代の我々には無関係ではないと思わされる一冊だ。

 

 

中国後漢三国時代:『三国志

三国志に絡めた自分語り記事。記事内でも書いているが、最初に何の作品を読んだかで三国志のハマり方が決まってしまうように思う。

私は北方謙三版『三国志』から入ったため、三国志の人物たちのイメージは「ハードボイルドな男たち」である。

北方版では特に呂布が孤高で最強の人物として書かれているので、ほかの作品で命乞いをする呂布を見ると「嘘だ!こんなの嘘だ!」と現実逃避をしてしまう。それくらい、最初に読む三国志作品というのは、大きな指針となってしまうのだ。

なお、この記事ではBLに関して言及しているくだりがあるので、苦手な方は注意していただけると幸いだ。

 

 

スウェーデン近現代史:『サーミの血』

スウェーデン先住民族サーミ人」を題材にした作品。

サーミ人に対する差別が色濃く描かれている作品で、主人公のエレ・マリャはサーミ人であることを厭い、スウェーデン人になろうと足掻く。

スウェーデン人から求められるサーミ人像とエレ・マリャの望む生き方は180度違う。自分の望む道を掴んだ先にあるのは希望か悲しみか。エレ・マリャの物語を見ていると、自己実現は喜びと苦しみが両方混ざり合っているのだなぁと再認識させられる。

アナと雪の女王2』が好きな方にもおすすめしたい。というのも、アナ雪2に出てくる先住民ノーサルドラは、サーミ人をモデルにしているのだ。

 

 

中国春秋時代:『孫子

兵法書孫子』についての記事。『孫子』の内容についての解説ではないのでご注意を。

孫子』が書かれたと言われているのが春秋時代三国志の時代からすると700年ぐらい前になる。それぐらい時代が隔たっていると、やはり文章も読むのが容易ではないらしい。我々が700年前の文章を読むのに難儀するのと同じだ。

では、孫子より後の時代の人たちは、どのように『孫子』を読解しようとしていたか、について記事内で取り上げた。

 

 

タイ近代史:『アンナと王様

タイ近代史を題材にした映画『アンナと王様』の感想。ただ、一番筆が乗っているのが「余談」だという。

私は高校時代に『アンナと王様』でチョウ・ユンファ演じるモンクット王に恋をし、大学の志望学科もタイに絡んだところを選び、卒論はモンクット王をテーマにした人間である。うっかり余談で事実のモンクット王について触れたら熱が入っちゃった、てへ。

少し記事を補完しておきたい。

アンナと王様』の時代はちょうど西洋の植民地支配が活性化していた時期。さらに言えば、東南アジアはほぼイギリスとフランスの手に渡った状態だった。シャム王国(タイ)は位置的に厳しいところに存在し、東には「仏領インドシナ」となったベトナム、西にはイギリス統治下のビルマミャンマー)。実質、英仏に挟まれた中でギリギリ独立を保ったような状態だ。

そんな状況下、当時のシャム国内ではキリスト教宣教師がキリスト教の布教だけでなく、シャムの科学の発展にも尽力していた。

ただ、宣教師たちは「仏教はキリスト教より劣っている」というスタンスを取っていたようで、その点でモンクット王や僧侶たちと衝突していたようだ。

 

今、資料が手元にない状態なので間違っているかもしれないが、モンクット王は宣教師たちに「キリスト教を布教してもいいけど、西洋科学もきちんと広めろよ」と釘をさしていた。

さらに、モンクット王だけでなくシャムの僧侶たちも宗教の優劣について宣教師たちと議論していたらしい。とにかく仏教へのディスりは絶対に許さない態勢だ。

例えばとある僧侶は宣教師にこう言ったとか。

「神は万物をつくりたもうたと言うが、腎臓にできる結石も神が作ったというのか?」

 

アンナと王様』ではそうではないのだが、『アンナとシャム王』や『王様と私』ではシャム王の人々が少々いや、かなりおバカに描かれているが、実際の彼らは決してそんなことはない。ただ西洋式科学を取り入れていないだけで、『アンナと王様』のモンクット王のように理知的でウィットに富んだ人間もしっかりいたのだ。

 

西洋人宣教師から西洋式科学を取り入れつつも、仏教批判には徹底抗戦するという「西洋の良いとこどりしちゃうよ作戦」により、シャムは仏教というアイデンティティは維持したまま、近代化を果たせたわけである。

 

……タイ近代史の専門家が読んでいないことを祈る。いや、むしろ間違いがあったらどんどん指摘していただけると幸いです。