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大学生の頃、趣味系サークルと聞かされて入ったところが、新興宗教系のサークルだったという話

タイトル通りの話をしたいと思う。あまりライトな内容ではないし、楽しい話でもない。ただ、今でも大学の新入生を狙って良からぬ団体が勧誘行為を行っている話は耳にするので、こんな私の体験談でも注意喚起として役に立てるならと思った。

先日、共通テストが終わったばかりで、今は二次試験が控えているような時期で大学入学まではまだ時間がある。

だが、警戒心を持つなら早めの方が良いと思う。受験生の方々は今まさに追い込み中だろうから、こういうブログを読む暇もないかと思うが、身近に大学入学予定の学生がいる人が気をつけてあげてくれると幸いだ。

 

なお、これから語ることはアラフォーの私が大学生だった頃という、相当昔の話で、かなり記憶も曖昧になっている部分がある。あらかじめご了承いただきたい。

 

 

 

 

 

サークルに入部するまで

先に述べておくと、そのサークルはとある新宗教のフロント団体だった。件の新宗教については、世界三大宗教のうちのどれかをもとにした新宗教とだけ述べておく。また、以下に語るサークル名や教義などは特定を避けるため、仮のものを使用している。

 

 

私がそのサークルに入ったのは、大学の合格発表の日だった。合格者一覧が貼り出される前から掲示板の前には受験生が集まっており、私もその隅っこで発表の時を待っていた。そんなとき、私にひとりの女性が声をかけてきたのだ。

「合格発表待ち?」

そうです、と私が答えると、女性は「受かるといいね」と言って、その場を去って行った。どうやら、この大学の学生であるらしい。優しい人だなぁ、と思った記憶がある。だが、それ以上は何も考えなかった。間近に迫っている合格発表の方が、はるかに大事だったからだ。

 

やがて掲示板に合格者の番号が貼られ、私はその中に自分の番号があるのを確認した。何せ第一志望の大学だったから、その喜びったらないわけで、あわてて公衆電話に駆け込み、家族に合格を知らせたのだった。

合格の喜び、受験生活が終わったという開放感。あのときの私は少々特殊な心理状況にあった。わかりやすく言うと、この上なく浮かれていた。

そんな浮かれている最中の私に、またあの女性が近づいてきた。「合格したの?」と女性に聞かれ、私は頷いた。すると、女性は我がことのように喜んでくれた。

「良かったねえ!おめでとう!ところで、サークルはどこに入るか決めた?」

つい先程まで、合格か不合格かだけを考えていたような状況だ。サークルのことなど考える余裕はなかった。私が首を横に振ると、女性は言った。

「うちのサークルに入らない?良かったら、話だけでも聞いて欲しい」

当時の私は気が弱く、断ることが苦手な人間だった。それに、女性が私のことを気にかけてくれているのが嬉しかったというのもある。私は女性に連れられて、学生会館に入っていった。

 

学生会館の休憩スペースで、女性は私にサークルの説明を始めた。ここからは女性をAさんと呼びたいと思う。

「大学合格おめでとう!今、大学生活への期待が高まっている頃だよね。だけどね、なんとなく毎日を過ごしていたら、せっかくの大学生活が台なしになっちゃうよ」

そう言って、Aさんは持っていたスケッチブックを取りだした。そこには大学に入ったばかりの青年のイラストが描かれていた。

「この人は大学に合格したばかりのダイガクくんです。ダイガクくんは希望を持って入学しました。だけど、ダイガクくんは自分が何をすべきかという使命を持っていませんでした。ダイガクくんはなんとなく毎日を過ごすうちに、大学生活が期待と違っていることに気づき、絶望しました」

Aさんはページをめくる。そこにあったのは、校舎から身を投げているダイガクくんのイラスト。

「そして、自分が何をすべきかわからなくなったダイガクくんは、将来を悲観して自殺しました」

話の滑稽さに私は笑った。Aさんも冗談めかした口調だったから、笑い話のように思えたのだ。Aさんはさらにページをめくる。ダイガクくんのほかにも新入学生のキャラクターが描かれており、身の上こそはそれぞれ違っていたが、結局は大学生活に幻滅して、皆自殺したのだった。Aさんは笑いながらしゃべっていたし、私もスケッチブックの中の学生が自殺するたびに声を上げて笑った。ぶっちゃけて言う。漫才とかにおける「天丼」のおかしみがあったのだ。

 

何人もの学生の死を紹介した後、Aさんは私に向かって言った。

「この人たちがどうして自殺したかわかる?『最高の幸せ』を知らないからなんだよ。『最高の幸せ』を知らない限り、私たちはダイガクくんのように人生に絶望する危険性があるんだ。例えば今、あなたは大学に合格して幸せだと感じているわけだけど、それは『最高の幸せ』じゃない。一時的なものなんだ。ねえ、あなたはダイガクくんのようになりたくないよね?」

私は頷いた。

「じゃあ、私たちと一緒に『最高の幸せ』を探そう」と、Aさんは笑顔で言った。

Aさんはスケッチブックのページをさらにめくった。そこにはデカデカと「グルメと幸せ探求」という文字が書かれていた。

「これがうちのサークル。みんなでグルメを楽しみながら、幸せについて語り合うんだよ。グルメツアーをやったりもして、とても楽しいよ」

グルメなら取っつきやすいし、いいかなぁと思った。それに、当時の私はまだ思春期で、小難しいことを考えるのが好きだった。『最高の幸せ』について考えてみたい。これを知ることができれば、友だちより上に行けるんじゃないか。そんな考えに至り、私はAさんに「入ります」と言った。

その後の展開は早く、入部届を書かされ、次のミーティングの日時を取りつけられた。

 

最初のミーティングがどんな内容だったか、どこで行われていたかについては覚えていない。ただ、Aさんをはじめとする先輩たちがとてもフレンドリーで、とても安心していた記憶はある。合格発表から入学式まで期間はあったはずだが、何度かミーティングが開かれ、私は入学する前から「グルメと幸せ探求」の先輩たちとの親交を深めていった。

 

 

友人との出会い

さて、いざ入学した後も、何かにつけてミーティングが行われた。今までミーティングと言ってはみたが、どちらかというと講座に近い。教室を借り切って皆が机に着席している中、幹部らしき人が教壇に立つ。ここで『最高の幸せ』についてのレクチャーが行われるわけだ。

そんな中で、ふと私は思った。

「この人も同じ学生だよな。なのに、講義するんだ。教授じゃないのに」

それが最初に感じた違和感だったのかもしれない。

 

あるミーティングの日、私は教室に入ると適当に空いている席に着いた。すると、前に座っていた女の子がこちらを振り返った。

「こんにちは」

話をしていく中で、彼女はBという名前で、私と同じ新入生だということがわかった。彼女も勧誘を受けて、このサークルに入ったらしい。Bさんとはたちまち意気投合した。ミーティングの前後の時間にはBさんと時間の限り、マシンガントークを繰り広げる。先輩たちが笑っていた。「二人は仲が良いねえ」と何度も言われたものだ。

 

そんな感じでサークル内で公認(?)の友だちだった私とBさんだが、ミーティングなどで何組かのグループに分けられるときには、必ず引き離された。Aさんはいつも一緒のグループになるのに、Bさんとはいつも別のグループ。正直、不満を感じていた。私たちが仲がいいことを知っているのに、どうしていつも別々の組み合わせにするんだろう。

だが、同時にこうも思った。私たちがおしゃべりにかまけているのを見かねたのかもしれない。最近、Bさんとしゃべることに夢中で、講義も上の空だったし、と。

 

 

Bさんと仲良くなってからしばらくして、ミーティングにてキャンプが行われることが発表された。いつも教壇に立っている幹部Cさんが、いかにこのキャンプが楽しいものかを説明し、そばにいるアシスタント役の男子学生が適度に相づちを入れていく。

私はアウトドアが嫌いだった。できれば行きたくない。うやむやにして断りたい。そう考えていたのだが、Cさんは浮き浮きとした顔で両手をパン、と叩いた。

「いいことを考えつきました。今ここで出欠を決めましょう」

その場で皆が次々に参加を表明していく。こんな状況下で不参加を宣言できるほどの胆力を私は持ち合わせていなかった。仕方なく、私も参加することにした。

 

さて、決断するまでに時間を与えないというのは、悪徳商法などでも用いられる手段だという。「この場で買うかどうかを決めましょう」と言って、客の心が落ち着かないうちに誓約を取りつけるというわけだ。

Cさんは「いいことを考えついた」と言っていたが、私たち新入生にとっての「いいこと」ではなく、Cさんたちにとっての「いいこと」だったわけである。

 

 

キャンプでも、当然のように私はBさんと引き離された。新入生でよく同じグループになったのはDさんという女の子で、彼女はかなりサークルに馴染んでいるようだった。

Bさんとあまり行動ができなかったのは不満だったが、それなりに楽しい思いもしたし、満足して私は帰ってきた。

ほかにも校外でも活動は多かった。どこかの文化会館を貸し切って、講義が行われたりもした。参加しているのはうちの大学だけでない。近隣の大学の系列サークルがすべて集結していた。旧帝大や地元の有名私大の学生がずらりと並ぶ。

少し前まで受験生だったわけで、それぞれの大学のランクは十分すぎるほどに理解していた。自分よりもランクの高い大学ともつながりがあるなんて、何とすごいサークルなんだろう、と感動した。

壇上に立ったのはCさんではなく、地元で有名な大学を卒業し、現在は弁護士として活躍しているという男性だった。そんな人が『最高の幸せ』について、ジョークを交えながら軽快に語る。

このイベントで、私はサークルに対する信頼度を高めた。高ランクの大学ともつながりを持ち、弁護士をやっているような人も活動を続けている。こんなしっかりしたサークルがあるのか。そう思ったわけだ。

 

 

サークルに対するアンビバレントな感情

だが、一度生じた違和感も消えない。徐々にミーティングでCさんが語る内容に、とある宗教の話が出てくるようになった。その宗教自体は世界三大宗教に入っているわけで、例えに出されるのはわからなくもない。ただ、取り上げられるのはその宗教ばかりなのだ。ほかの2宗教が話に出てくることはない。

 

また、ある日のことだった。私は学食でサラダにドレッシングをかけようとして失敗した。うっかり頭からドレッシングをかぶってしまったのだ。この後は授業もないし、帰って風呂に入ろうと思い、食堂を出たところでCさんと鉢合わせした。

「見てくださいよー。うっかりドレッシングをかぶってしまったんです。私、今から帰ろうと思って」

そう言った私に、Cさんはキョトンと首を傾げて見せた。

「え?でもミーティングは来るよね?」

いや、髪も服も油まみれなんだけど。そう思ったものの、上級生かつ幹部のCさんに言い返すこともできない小心者の私は、ドレッシングの臭いをまとわりつかせたまま、ミーティングに参加したのだった。

 

 

ほかにも、こんなことがあった。ミーティングの前、私はAさんと雑談に興じていた。私は『金八先生スペシャルで、金八先生が取り上げていた話に感動したばかりだった。その感動をAさんに伝えたのだった。

「ある女の子がいじめに遭って、自殺しようとしていたんです。そしたら、友だちの男の子が言ったんですって。『死ぬな。お前が死んだら、俺は泣くぞ』って。私、すごい感動しちゃって!」

だが、Aさんはその感動を共有してはくれなかった。彼女は身を乗り出して私に言った。

「たしかにいい言葉だと思うけど、その子たちは『最高の幸せ』を知らないよね?『最高の幸せ』を知らない限り、感動しても、幸せを感じても、それは一時的なものなんだよ。『最高の幸せ』を見つけないと」

これはかなりショックだった。自分の感動を否定されたことへのショックと、自分の感覚がおかしいものなのだと知らされたショック。私はチープな感動で喜んでしまった自分を責めた。

 

 

真実

そんなこんなで、サークルに対して信頼を寄せることもあれば、不満を持つこともあるような状態をくり返していた。

ゴールデンウィークが近づき、サークル内の雰囲気は少々浮かれていた。ゴールデンウィークに泊まりがけの合宿を控えていたのだ。もちろん、この合宿も話を出されたその日に出欠を取られ、ほぼ断ることができない状態で参加を表明していた。参加費はたしか2万~3万だったように記憶している。

 

 

そんな中、私はある日Bさんに話しかけられた。

「話があるんだ。○時に○○棟の二階で待ってて」

久しぶりにBさんとゆっくり話せると思い、私は浮き浮きとした気持ちで待ち合わせ場所に向かった。

まだ早かったのか、Bさんはいなかった。休憩用のベンチに座っていると、Aさんたちサークルの先輩が通りかかった。

「こんなところでどうしたの?」

「Bさんと待ち合わせなんです」

Aさんたちは私を取り囲むようにベンチに座り、雑談を始める。私も呑気に話に応じていたが、その最中にBさんがやって来た。一緒に来てほしい、と言われ、私は先輩たちに別れを告げ、近くの部屋に入った。そこはとある教授の研究室だった。

違う専攻の教授だから、話をするのは初めてだ。Bさんの専攻とも違う。何の用なんだろうか、と私はにわかに緊張した。

E教授は私に言った。

「あなた、『グルメと幸せ探求』ってサークルに入っているでしょう?」

頷いてみせると、E教授はさらに言った。

「あれ、新興宗教のサークルだよ」

反射的に私は笑った。私にとって新興宗教といえば、オウム真理教だった。地下鉄サリン事件が起きたのは、私が中学生の頃。新興宗教の良くないイメージは、このときに擦り込まれた。

「まさか。そんなわけありませんよ。そんな怪しいところなら、私、とっくにやめてます」

「ちゃんと聞いて欲しい。嘘じゃないんだよ」

E教授は私に「グルメと幸せ探求」はバックに新宗教がついており、私のような新入生をターゲットに勧誘活動を行っていることを告げた。

「今度、合宿が予定されているでしょう。あれは加入儀式みたいなもの。絶対に行っちゃダメだよ」

パニック状態だった。今さっきまで一緒に雑談に興じていた人が、新興宗教の人間?まさか。色々あるけれど、あの人たちはいい人だ。オウム真理教の信者のような殺人者とは違う。

そう思い、私はE教授に反論した。

「嘘です、そんなことありません。信じません」

すると、横合いからBさんに声をかけられた。

「私も前にサークルの子からE教授を紹介されて、話を聞いたんだ。正直、ずっと前からサークルの行っていることに違和感があって。D教授の話を聞いて、腑に落ちたんだ」

Bさんの言うことは信じたい。でも、Aさんたちサークルの先輩が私に本当の目的を知らせずにいたなんて、信じたくない。

混乱状態から抜け出せずにいる中、突然、研究室の扉がノックされた。E教授が開けると、そこにはAさんたちが立っていた。

「すいません、のほほんさんと話がしたいんですが」

このとき、私は恐怖を覚えた。話って何だ。まるで、今ここで私が聞かされた話が何なのかを知っているかのような。

E教授はAさんたちを上手くあしらい、扉を閉めた。だが、ノックは何度もくり返される。

「お願いします。のほほんさんと二人で話をさせてください」

あまりにも何度も言ってくるため、E教授は私のほうを見た。

「話をしてくる?」

それまでは、E教授は敵だった。優しい先輩たちを悪く言う、いけ好かない人だった。だが、私はE教授に泣きながらすがりついた。

「いやです。行きたくありません」

その後、Bさんと共にE教授と話をした。その最中、何度かE教授やBさんが扉を少し開けて、外を窺う。

「ねえ、Fさんが向こうで立ってる。携帯電話で何かやりとりしている」

Fさんもサークルの先輩のひとりで、少々厳つい感じの男性だった。Fさんが見張っていると知り、私はさらに震え上がった。

「とにかく、あのサークルは抜けたほうがいい。合宿も参加しないで。参加費を返すよう、私から言っておくから」

E教授に言われ、今度は素直に頷くことができた。

その後、E教授が電話でBさんの知り合いに連絡を取り、迎えに来てくれるように話を取りつけてくれた。その後、E教授とBさんの知り合いに守られるように大学を出て、車で駅まで送ってもらったのだった。

 

 

脱退後

その後は割とあっさりしたもので、引き留められることもなく、合宿の参加費もE教授づてに返してもらうことができた。

だが、再入部を促されることはなかったものの、Aさんをはじめとする先輩たちは何かと偶然を装って私に話しかけてきた。同じ新入生だったDさんから何かと遊びの誘いが舞い込んだりもした。そのたびに断っていたのだが、Dさんは粘り強く、長期間にわたって私に連絡をよこしてきた。

 

3年生のとき、Dさんから「話したいことがある」と言われ、さすがにきちんと話をしないとな、と思って二人で会うことにした(正直、この行為はおすすめしません。幸い、私を待っていたのはDさんだけでしたが、もし待ち合わせ場所にDさんのほかに先輩たちが複数人いたとしたら?先輩たちに取り囲まれて、何時間も説得を続けられたら、根負けして再入部すると言っていたかもしれません。とにかく、一人で相手に会いに行くことは絶対にやめてください)。

最初はDさんと関係のない雑談を続けていたものの、やがて彼女は口火を切った。

「あのサークルのことだけど、のほほんさんに悪く思われているんじゃないかと心配で」

Dさんは今もサークル活動を続けていること、私たちが思っているような悪辣なサークルではないことを切々と語った。

「私は騙されているんじゃないんだ。自分で選んでサークルに居続けている」

「そっか。それならいいと思うよ。でも、私は親や友だちに心配をかけるのが嫌だから、サークルには戻らない。それでいいよね?」

「うん。でも、これからも友だちでいてほしい」

そうして、私たちは別れた。だが、直後に私の携帯にDさんからのメールが入った。

《今度、サークルで温泉地に合宿に行くんだ。良かったら、一緒に行こうよ》

だめだこりゃ。私は断りのメールを入れ、それ以降はDさんとのやりとりも断った。Dさんが私をサークルに引き戻そうとしていたのは、Dさん自身の意志だったのか、先輩たちからの命令だったのかはわからない。ただ、表面上はあっさりと退部を認めているように見せかけて、少しずつ私を引き戻そうとするその姿勢には呆れたし、恐れ入った。

 

 

最後に

Dさんにも言ったとおり、本人が納得してサークルに所属し続けるのは別に構わないと思う。だが、私やBさん(同時期にサークルを脱退した子は他にもいた)がされたような手法――本来の目的を知らせないまま、敷居の低いサークルだと騙されて入部させ、徐々にその宗教の思想に染めていくような手法ははっきり言って嫌いだ。

 

「最高の幸せ」についても、怒りがある。教えそのものは結構なことだと思うが、「最高の幸せ」を掴んだと判定するのは誰なのだろうか。

サークル脱退後、E教授の部屋で同じ脱退者と話をした。彼らはゴールデンウィーク後に抜けたということで、合宿の内容も少し聞くことができた。合宿に彼らは「最高の幸せ」を掴んだという人を紹介されたらしい。「最高の幸せ」を掴む人はごく稀で、だからこそサークル活動を頑張らないといけないらしい。何しろ、新入生の彼らは「最高の幸せ」を掴んでいないのだから。

だが、「最高の幸せ」なんて、人それぞれ違うものだと私は思う。誰かから「あなたはまだ『最高の幸せ』を知らない」なんて判定を受けるものではない。

金八先生』で感動した話にしたって、あの頃は自分を恥じたものだが、今となっては余計なお世話だと思う。大体なんだよ「最高の幸せ」って。400字でまとめてくれよ、そしたら理解してやるから、と言いたくなる。

 

途中で脱退したから、これは推測に過ぎないが、結局「最高の幸せ」がいかなるものであるのかは、教祖の頭の中にあるのだろう。そこからズレた幸せは、すべて「最高の幸せ」には該当しない、一時的な幸せだ。

一時的な幸せでいいじゃないかと思う。一時的なものを積み重ねていく先に、その人なりの幸せが見えてくるのだ。教祖が設定した「最高の幸せ」に100%重なるようなものが、本当に幸せなのだろうか?

 

私はこの「教祖の考えが100%正しい。教祖の考えに従わなければならない」という考えが大嫌いだ。

一個前の記事で、連合赤軍について取り上げ、タイトルに出した書籍以外に、山本直樹さんの『レッド』シリーズを紹介した。

nhhntrdr.hatenablog.com

『レッド』ではリーダーの北という人物が、仲間に対して「革命とは何か?」とたびたび問いかける。それに対して仲間が返答するわけだが、北はそのたびに「違う。お前はわかっていない」と一蹴し、総括という目的の下に暴力をふるう。

結局、北の言う「革命」とは、「北の考える革命」から1ミリもズレてはいけないものなのだ。だが、他者の頭の中を余さず読み取れる人間なんていない。北の「俺の考えを読み取れ。俺に合わせろ」的な言動は、読んでいると非常にムカムカし、大学の頃のことを思い出してしまった。

 

 

私は宗教自体を否定する気は全くない。私自身、お寺や神社などの宗教施設に行って心が洗われるような経験をしたことは何度もあるし、ダライ・ラマ14世の話に感動したことだってある。今行きたい場所は、バチカン市国エルサレムだ。

だが、信者に思考を放棄させたり、教祖の思考をトレースするよう求める宗派には賛成できない。そういう考えに至ることができたことについては、「グルメと幸せ探求」サークルに感謝してもいいのかもしれない。

 

 

 

さて、冒頭にも書いたとおり、これはアラフォーの私が大学に入ったばかりの頃という、昔の話だ。記憶は曖昧になりつつあるし、記憶自体が改ざんされているかもしれない。それに、私が敢えて自分に不利な部分は書かずにいるかもしれないので、読んでくださった方は注意をいただきたい。

 

ただ、新宗教にしろ、マルチ商法にしろ、近づいてくるときに相手は怪しさや悪辣さなんて出しはしない。いや、末端の構成員はトップを信じている可能性もあるから、下心すらない可能性もある。

最終的にグループの一員になるかどうかは、個人の自由だ。だが、知らない間に取り込まれ、考えが染め上げられることについては、良くないことだと私は思う。

 

大学入学の季節を控え、こういうこともありうるとあらかじめ心に留めていただけたら、自分の恥部を晒した甲斐もあるなと思う。

ちなみにBさんとは現在でも付き合いが続いている。この縁を結んでくれたことについても、一応サークルに感謝をしておきたい。

 

やたらと長い文章になって恐縮である。ここまで読んでくださった方々には、お礼を申し上げたい。