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桐野夏生『夜の谷を行く』についての雑感

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※注意!桐野夏生『夜の谷を行く』のネタバレがあります。

 

 

以前にお伝えしていたプライベートでのバタバタがひと段落して、ようやく自宅に戻ってきた。一ヶ月ほど家を離れて故郷にいたことになる。今は久しぶりの我が家でダラダラしているところだ。「とにかくゆっくり休んで疲れを癒して」と言ってくれている夫には感謝しかない。はい、のろけてすみません。

 

というわけで、疲れが抜けるまでもう少しだけ、レビューではなく、簡単な雑記のアップを続けようと思う。

今回は故郷に滞在中に読んでいた『夜の谷を行く』についての雑感である。

 

 

あらすじは以下の通り。

連合赤軍事件の山岳ベースで行われた「総括」と称する凄惨なリンチにより、十二人の仲間が次々に死んだ。
アジトから逃げ出し、警察に逮捕されたメンバーの西田啓子は五年間の服役を終え、人目を忍んで慎ましく暮らしていた。
しかし、ある日突然、元同志の熊谷から連絡が入り、決別したはずの過去に直面させられる。

 

引用元:文春文庫『夜の谷を行く』桐野夏生 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS

 

連合赤軍ついては、何冊か関連書籍を読んだぐらいで詳しい方ではないため、説明は省かせていただく。ただ、メンバーの一部が「あさま山荘事件」を起こした集団と言えば、わかってもらえると思う。

連合赤軍(れんごうせきぐん、英: United Red Army)は、1971年から1972年にかけて活動した日本の極左テロ組織、新左翼組織の1つ。共産主義者同盟赤軍派派と京浜安保共闘革命左派が合流して結成された。山岳ベース事件、あさま山荘事件などの殺人事件、リンチ殺人を起こした。

 

引用元:連合赤軍 - Wikipedia

 

主人公・西田啓子は「あさま山荘事件」の直前に起こった「山岳ベース事件」の当事者だ(西田啓子自身は架空の人物)。

山岳ベース事件(さんがくベースじけん)とは、1971年から1972年にかけて連合赤軍が群馬県の山中に設置したアジト(山岳ベース)で起こした同志に対するリンチ殺人事件。

 

引用元:山岳ベース事件 - Wikipedia

凄惨な事件を生きのび、刑期を終え、過去を隠して生きていた。少なくとも啓子はそのつもりだった。だが、かつての仲間からの連絡を皮切りに、連合赤軍のメンバーだった事実が消え去っていないことを、啓子は知らされる。

 

連合赤軍といえば、「総括」というワードがついて回るわけだが、この話は「啓子にとって、真の意味での総括の話」なのだなぁと思った。

ちなみに、連合赤軍においての「総括」については以下のページを参照していただきたい。

ja.wikipedia.org

 

新たな自分になったつもりでいても、決して厭わしい過去が消えたわけではない。「連合赤軍のメンバー・西田啓子」であることを他人が知っているのではないかと怯え、妹からは過去の出来事を責められ続ける。姪には隠し通すつもりだったが、ふとした出来事で身の上を明かさざるを得なくなり、関係に亀裂が生じることもある。

 

「あの頃の自分とは違う。私は生まれ変わったのだ」と思っていても、自分に流れる血、人間関係、生きてきた道程は消えやしない。そのことのプラスの面を取り上げたのが『モアナと伝説の海』で、ネガティブな面を取り上げたのが『サーミの血』や今回の『夜の谷を行く』なのだと感じている。

nhhntrdr.hatenablog.com

nhhntrdr.hatenablog.com

 

 

ネガティブな意味での過去がつきまとってくるとき、どうするべきなのか。その答えのひとつが本来の意味での「総括」なのだろう。

www.weblio.jp

 

映画監督・三宅隆太さんは過去について、以下のように述べている。

 過去というものは大きく2種類に分けられます。

「清算済みの過去」と「未精算の過去」です。

「清算済みの過去」は現在にプラスの影響しか与えませんが、「未精算の過去」は違います。

 意識的であれ、無意識的であれ、人間の心を必ず蝕みます。その結果、「未精算の過去」はある心理状況を作り上げていきます。

「心のブレーキ」をかけさせて、簡単には破れない頑丈な『殻』を構築し、そのひとの心を覆ってしまうのです。

 

引用元:三宅隆太著『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』、新書館

 

 

啓子が直接手を下していないとはいえ、仲間がリンチを受け、死んでいくのを止められなかった。中でも妊娠中だった金子みちよの死は、特に啓子の心に影を落としている。お腹の中の子どもとともに金子みちよが亡くなったという事実によって、啓子は『殻』を作り上げた。

 

 

その『殻』をどう破るかが、全編にわたって描かれる。かつての仲間から、妹や姪から、過去を突きつけられた啓子は本来の意味における「総括」をし、『殻』を破った。ラストは非常にあっさりとしているが、どこか希望を感じさせてくれる。

 

 

ちなみに、啓子の経験した「山岳ベース事件」を知りたいなら、山本直樹さんの漫画『レッド』シリーズをおすすめしたい。

最初は学生運動にいそしむ青年たちの青春ストーリーとして始まる。この辺りは彼らの「若さゆえの暴走」を微笑ましく見ることがまだできる。勿論、反政府運動というのは褒められたものではないが、若いときの苛立ち、有り余ったエネルギーをもてあます感じなどは、共感できなくもない。

ただ、そんな中でも我々読者に不吉さを突きつけてくるのが、一部の登場人物に振られた数字だ。これは本編中に死亡することになる人物に割り当てられたもので、数字自体は死ぬ順番を表している。

『レッド 1969~1972』の終盤で始まったリンチが凄惨を極めるのが、続編の『レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ』だ。

ここに至ると、もう見ていられないという気分になってくる。正直、私はこの続編を再度読む勇気が出ない。特に遠山美枝子をモデルにしたキャラクター・天城の総括は、女性としての尊厳を極限まで破壊するような内容で、読んでしばらくは悪夢にうなされるほどだった。

だが、これが啓子の見てきた光景なのである。

 

仲間同士で殺し合い、自壊していく連合赤軍が最後に行き着いた出来事が、「あさま山荘事件」だ。

 

 

若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』もおすすめ。この一本の中に、連合赤軍の成り立ちや山岳ベース事件、あさま山荘事件までが描かれている。

 

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