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映画版『ディア・エヴァン・ハンセン』感想3回目。エヴァンが「ブレーキを踏むことを学んだ」のは何故か?

※注意!映画版『ディア・エヴァン・ハンセン』のネタバレがあります。

※12/19 タイトル変更しました。

 

『ディア・エヴァン・ハンセン』感想3回目である。

 

記事を公開した直後から「あ、やべ。これ書き忘れた」「なんかわからんが、新しい考えが浮かんできた」となってしまう。この映画のことを考え、妄想するのが止まらない。

 

そういうわけで、今回も映画版『ディア・エヴァン・ハンセン』について色々書いていきたい。

 

 

 

 

『Waving Through a Window』への違和感

 

エヴァンって、そもそも可哀想なのか?

ふと思った。映画版では初っ端に流れるナンバーであり、私の最推しソングでもある『Waving Through a Window』についてだ。

youtu.be

 

長いこと、みんなひどいと思っていた。エヴァンがちゃんと手を振ってるのに、返事を返してくれないなんて。

 

私が初めてこの曲を知ったのがトニー賞受賞式。そこでのパフォーマンスが、エヴァンが何をしてもみんなに背中を向けられてしまうといったパフォーマンスだったので、自然と「エヴァンかわいそう」という感想になっていたのだ。

 

「窓越しに」手を振るエヴァ

ところでふと考えてみたのだがが、歌詞にしっかり書いているじゃないか、「窓越しに手を振っている」と。窓越しだから気づくわけがない。気づいてもらうなら窓の内側に入らないと。「声が届かない」と言っても仕方がない。窓の外からガラス越しに声をかけたって、気づく人なんていない。

 

しかし、エヴァンにとって窓の内側に入るという選択肢がそもそもない。彼は「ブレーキを踏むことを学んだ」のだから。

 

エヴァンが「ブレーキを踏むことを学んだ」のはなぜか。幼い頃に父親が家から出て行った出来事が強く影響しているのは想像に難くない。ここで補助線を引いて考えたいのがコナーの存在だ。前回の記事で「コナーはエヴァンの影」だと仮定した。この仮定で今回も進めていく。

 

エヴァンよ、君のことが知りたい!

さて、ここから下は私の妄想を書き散らしたいと思う。そもそも、今までのブログ記事も感想と妄想が混じったような何かであり、考察とかでは決してない。ただ、「このシーンが挿入されているのは、○○という意図があるからでは?」といった形で、一応実際にある演出とかシーンに対して色々考えてはいる。


だが、以下の部分はちょっとした要素を必要以上に拡大解釈して述べるものであり、妄想95%の産物だ。読んでくださる方は、どうか話半分に目を通してくれたら幸いだ。

 

 

「思考パターン」から見るエヴァンとコナー

 

エヴァンとコナー

改めてエヴァンとコナーの共通点、相違点を挙げてみる。
共通点は

  • 実の父との別れを経験している。
  • 社会に馴染めずにいる。
  • 自殺を試み、失敗した経験がある。

 

逆に、相違点は

  • エヴァンの父は家を出たが、コナーの父は死去した。
  • エヴァンには現在、父親的存在はいないが、コナーには継父ラリーがいる。
  • エヴァンは他人から変だと思われないように振る舞い、コナーは変だと思われる行動をあえて取る。
  • エヴァンは自殺が成功せず、コナーは自殺に成功した。

 

今回の記事では「実父との別れを経験している」「社会に馴染めずにいる」というふたつの共通点について考えてみる。

 

二人のトラウマ体験

まず「実父との別れを経験している」という点。
エヴァンにとってもコナーにとっても、この出来事は大きかっただろうことは想像に難くない。これを彼らのトラウマ体験だと仮定する。


三宅隆太『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』では、性格が出来上がるメカニズムについての説明がある。

 

性格を作り上げる要素は以下の通りだ。


まずは「言語」。我々は思っている以上に自分の喋る言語により思考に影響を受けているらしい。確かに、「いただきます」という言葉がある国とない国で、そこに住む人の食への考え方には何らかの形で差が出ているのかもしれない。


次は「親の価値観」だ。生まれてから最初に出会った親という他者と長く過ごしているうちに、思考パターンに親のしつけや考え方が影響をおよぼしていく。


その後、成長していく中で得る「人間関係にまつわる個人的な経験や印象的な出来事」。

 

これらを経て、我々が性格だと思うものが出来上がる。しかし、三宅氏はこう述べる。

実際には「大きなひとつの性格」というものは存在せず、「複数の思考パターン」を持っているに過ぎません。


三宅隆太『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』、新書館


エヴァンとコナーは幼いうちに、三つ目の要素に当たる「父との別れ」を経験した。強烈なトラウマ体験だ。コナーについては不明だが(見落としているだけかもしれない)、エヴァンは「母も自分を置いていくのではないか」との恐怖を抱いていた。

 

その後、エヴァンは父に何度もメッセージを送っているが、返事は滅多に返ってこず、たまに来るものも「今忙しいから」的なそっけないものだ。

 

二人の作り上げた「思考パターン」

また三宅氏の著作から引用させていただきたい。

 「思考パターン」は元々、そのひとが自分の心を防御するために生み出してゆくものです。
(中略)
 心の避難所としての「思考パターン」を作り上げたことで、彼は救われたのです。ところが、いつのまにかそれが「思考のクセ」になってしまった。
 つらい過去と向き合いたくないと思い続けているうち、あとづけの単なる思考パターンでしかなかったものを「ありのままの自分、本来の自分」だと錯覚してしまったのです。
(中略)
 つまり、「心のブレーキ」をかけている。
 これではマーフィーの『殻』が強化されていくのは当然です。

 

三宅隆太『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』、新書館

※マーフィ:この節で例に出されている映画『ブルーサンダー』の主人公。

 

エヴァンの場合

エヴァンは父との別れや、その後の父のそっけない対応から、「自分は他者から拒絶されている」と感じ取ったのではないだろうか。そして、彼がつくった「思考パターン」が「ありのままの自分では嫌われるから、最低の自分を見せる前に逃げ出す」というものだ。


引用部分にある「「心のブレーキ」をかけている」という状況はまさに『Waving~』で使われている表現だ。

 

他人から逃げてばかりいれば、見せたくない自分を知られずに済む。しかし、誰ともつながることができない。今までの「思考パターン」では限界が来ている。だからエヴァンは孤独でいることが苦しく、それが社会不安障害として形になってしまった。

 

そもそも『Waving Through a Window』とは奇妙な歌だ。メロ部分で歌われるのは、「最悪な自分を見せないよう、日陰に隠れていよう」というメッセージ。それなのにサビに入ると、「僕は窓の外から手を振っているのに、誰も応えてくれない。誰か手を振ってよ」というメッセージにすり替わる。

 

「最悪な自分は見せたくない」けれど、「誰かに手を振ってもらいたい」。矛盾するメッセージがエヴァンの中に同居する。だから、エヴァンは「窓の外から手を振る」のである。誰かとつながりたいけれど、近づくのは怖い。だから壁を、窓を挟む。

 

コナーの場合

コナーはエヴァンと違い、継父がいる。しかし、実の父の記憶がある中で継父を受け入れるのは、難しかったのではないだろうか。ラリーは出会ったばかりの頃にコナーが「キャッチボールをしよう」と誘ってくれたと言っていたように記憶している(この辺、少し曖昧です)。こう見ると、新しく来た継父にも心を開く良い子に見える。だが、幼い子に微塵も葛藤がなかったとは考えにくい。

 

たとえばこういうのはどうだろう?幼いコナーは親の都合を考えて行動できるような子だった。しかし、自分の心に無理を強いることで、徐々に限界が近づいてくる。

 

ラリーは「コナーの欲しがる物は、すべて与えてきた」と言っている。しかし、コナーが本当にほしかったのは物だったのだろうかと疑問に思う。一種の試し行為だったと思うのは考えすぎだろうか。

 

試し行為はやがて暴力に発展する。コナーは両親に反抗し、ゾーイに暴力をふるう。当然だが、周りの人から嫌われる。嫌われるから苛立ちがつのり、また暴れる。哀しい悪循環だ。

 

本当のコナーは、回復施設で歌っていた「A Little Closer」のように優しい子だった。だが、環境の急変に耐えきれず、彼は暴発した。コナーの「心のブレーキ」は、「他人に好かれるような行動をしないこと」だ。

 

最終的にコナーは「どうせ嫌われるから、暴力的に振る舞ってやる」という思考パターンに至る。「嫌われたくない」エヴァンと、「どうせ嫌われている」と諦めモードのコナー、という風にいったん解釈しておくことにする。どちらにせよ、社会に馴染めないことには変わりがない。

 

さいごに

成長する中で作り上げた思考パターンによって、エヴァンとコナーは「心のブレーキ」を踏むようになった。彼らは硬く分厚い『殻』を作り上げた。

 

人は自己実現をする中で、古い考えを改める瞬間にぶち当たる。そこでブレイクスルーすることが「『殻』を破ること」だ。


さて、エヴァンは本編中に殻を破ったが、コナーは破りきれずに自殺に至ったと今のところ解釈している。

 

二人を分けた違いとは何だったのだろうか。もう少し考えてみたい。何しろまだまだ考えがまとまりきらない部分がある。もっとこの映画を掘り進めてみたい。もし何か思いつくことがあれば、また記事にしてみたいと思う。

 

 

 

 

 

Waving Through A Window

Waving Through A Window

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