※注意!『愛すべき娘たち』のネタバレがあります。
『きのう何食べた?』『大奥』のよしながふみによる連作短篇集。全5話で構成されており、すべてのエピソードにて多少いびつな生き方をしている女性が――さらに言うと、何らかの形で背後に親の気配が感じられる女性が――描かれている。今で言う毒親に育てられてきたと思わしき女性もいれば、親に愛されてきたからこそ親への執着が捨てられない女性もいる。それぞれの女性が自分なりの歪みを抱えて生きているわけだ。
『愛すべき娘たち』において特筆すべき点は、それらの歪みを抱えた女性たちを「矯正すべき対象」として描いていないところだと思う。
例えば第2話に出てくる地味な見た目の大学生・滝島舞子。冒頭、彼女はおどおどとした態度で非常勤講師の和泉清隆に告白をする。告白するのはいいのだが、彼の変事を聞く前に服を脱ぎ、彼に対して口でいたそうとするのである。もちろん清隆は慌てて止めるのだが、舞子は言うことを聞こうとしない。抱いて欲しいなんて言うつもりはないし、5分で清隆を満足させる。終始舞子はそう言うと、おどおどとした態度とは裏腹に強引に清隆を満足させてしまうのだった。何と舞子は大人しい性格とは裏腹に、超絶的なテクニックの持ち主だったのだ。
そんなとんでもない形で始まった清隆と舞子の関係だが、徐々に舞子が過去が垣間見えてくる。彼女は過去に複数の男と付き合ってきたようだが、どの彼氏からもぞんざいに扱われていた模様。いわゆるだめんず好き女子ってやつだ。科学的な根拠があるのかはわからないが、よくだめんず好きな女性は父親もまただめんずだったという話はよく聞く。何となくではあるが、舞子もまた父親との関係があまり良好ではなかったのだろうなと想像してしまう。
何度目かの逢瀬で清隆は、どうしてセックスしようとしないのかと舞子に問いかける。舞子の答えは以下の通りだ。
男の人がセッ…するのは女の子のためで
ホントは男は口でしてもらうのが一番好きなんだって言われたから
だからあたし…っ
引用元:よしながふみ『愛すべき娘たち』、白泉社
舞子の超絶的なオーラルテクニックも、過去の(クズな)彼氏のために磨いてきたものなのだろうことは想像に難くない。元カレたちは舞子を罵り、搾取してきた。だが、舞子はその状況に何ひとつ疑問を抱いていない。搾取されることこそが当然。そう考えているからこそ、彼女はやたらと腰が低い。清隆から珈琲でも飲むかと聞かれたら、「そっそそそんなっ滅相もないっ!!先生にコーヒーを淹れていただくなんて!!」と固辞する。誰かから優しさを与えられることに慣れていないその姿が、滑稽であり、悲しくもあり。
最初は舞子を迷惑に思っていた(それでいて、舞子の超絶的テクニックを拒めずにいた)清隆も、やがて彼女に心惹かれていく。今までの彼氏とは違い、清隆は舞子を大切にしようと思ってくれるような男だ。彼は自分が舞子に惹かれていることを自覚すると、彼女に今までの体だけ(口だけ?)の関係をやめようと訴えかける。その代わり、清隆は舞子をデートに誘う。
初めて自分を心から愛してくれる人に出会った「だめんず好き」舞子。今まで尽くす一方だった人生から脱し、愛し愛される人生へと一歩を踏み出す――
とならないのが、本作のすごいところである。あくまでも舞子はだめんず好き。清隆は舞子にとって、「いい人すぎ」たのだった。当然、清隆はショックを受けるし、納得もいかない。
だが、この話において舞子は否定される存在ではない。ラストシーン、舞子のそばにいるのは新しい彼氏。新彼氏は絵に描いたようなだめんずで、授業に遅刻してきた舞子に対し、容赦ない罵詈雑言を浴びせる。その様子を教壇から見つめていた清隆は、罵倒されている舞子が嬉しそうに微笑んでいるのに気が付くのだ。
そいつが俺よりも少しはましな男であることを祈ってるよ
引用元:よしながふみ『愛すべき娘たち』、白泉社
舞子の生き方を否定せず、清隆はただ優しく見守る。だめんず好きだから矯正すべきだという考えは、この世界にはない。ただ、いびつながらも幸せに生きている人間を、そっと見守る視線だけがある。
第2話のあらすじを長々と紹介したが、この他のエピソードにしても「それは間違っている。正しく生きるべきだ」という意見の押しつけは、この作品にはない。自分で敢えて引き受けている以上、歪みもまたその人の生き方なのだと思えてくる。
2000年代初期に発表された作品なのだが、このスタンスは多様性を謳われる今でこそ読まれるべき何じゃないだろうかと思えてくる。
舞子のほかにも祖父の言いつけを従順に守り続ける女性、口では大きなことを言うものの実際には別のベクトルの生き方をとり続ける女性など、『愛すべき娘たち』ではエピソードの分だけ様々な生き方の女性が現れる。5つのエピソードに5つの歪み。歪みの分だけ生き方も異なるし、正解だって異なる。その様子を肯定も否定もせず、ただひたすらに優しく見守ってくれるのが『愛すべき娘たち』という作品なのではないだろうか。