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早見和真『イノセント・デイズ』感想(ネタバレなし&ネタバレあり)

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たまたま本屋で見かけ、帯に書かれた文言に惹かれて『イノセント・デイズ』を購入したのが昨年の年末。帰宅後、物語の世界に一気に引き込まれて、読み終わった後もなかなか戻って来られなかった。主人公・田中幸乃のことが頭から離れない。結局私は田中幸乃に心を揺さぶられたまま2022年を終え、2023年を迎えてしまったのだった。

今回は、そんな『イノセント・デイズ』についての感想を書いてみたい。前半はネタバレなし、後半はネタバレありとなっているので、読む際にはご注意を。

 

 

 

感想(ネタバレなし)

『イノセント・デイズ』のあらすじは以下の通り。

田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪で、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景に何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がる世論の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼なじみの弁護士たちが再審を求めて奔走するが、彼女は……筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長篇ミステリー。

 

引用元:早見和真 『イノセント・デイズ』 | 新潮社

 

あらすじの通り、主人公の田中幸乃は死刑囚だ。物語は、独房にいる幸乃のもとに刑務官が「お迎え」にやって来るシーンから始まる。覚悟を決めた様子の幸乃が独房を出たところで、話は過去へと戻る。幸乃がどのように生まれたのか、どのような幼年期を過ごしたのか……

 

この作品を読もうと思った要因のひとつとして、死刑囚である幸乃がどんな人生を歩んできたのかを知りたいという野次馬根性めいたものがあった。彼女がどれだけ異常な人物だったのか。逆にどれだけ犯罪に似つかわしくない普通の人物だったのか。それを知りたかった。

 

物語が始まって早々に、事件に関する情報が我々読者に提示される。幸乃は元恋人の井上敬介の家に放火し、敬介の妻と二人の娘を殺害する。もともと事件前から幸乃は敬介に対して執拗なストーカー行為を行っており、井上一家は危機感を抱いていたとのこと。

ストーカー行為の末、元恋人の家族を殺した幸乃の生育歴も荒んでいた。幸乃を生んだ当時の母は十七歳で、職業はホステスだった。また、養父からは虐待を受け、中学では強盗致傷事件を起こしている。事件の三週間前には整形手術を行っており、報道機関によっては事件を隠蔽するためという説もある。

 

人間関係のもつれの末に凶行を起こした人物として、「いかにもそれっぽい」プロフィールだ。もちろん、物語の序盤にここまで述べられているわけだから、以降はその印象を覆すような事実が明かされていく流れになることは容易に想像がつく。そんな私の(ある意味下衆な)期待に応えるように、丁寧に丁寧に幸乃という人物像が描写されていくのが『イノセント・デイズ』という物語だ。

 

章ごとに語り部を変えるスタイルなのだが、最初は幸乃と縁もゆかりもない佐渡山瞳の視点から始まるのが面白い。裁判の傍聴が好きな瞳は、趣味の一環として幸乃の裁判を傍聴する。そんな彼女が裁判での幸乃の様子を見ているうちに、自分が想像していたステレオタイプな犯人像と実際の幸乃が大きく異なっていることに気づく。その後、語り部は実際の幸乃に接してきた人間たちへと引き継がれる。そこで語られる清楚で奥ゆかしい幸乃の姿に、私は当初困惑した。こんなたおやかな少女が、痴情のもつれによる事件を起こすとは思えない。そんな風に思ったわけである。

 

 

報道として世に出る情報なんて、きっと当事者からするとほんの一部なのだろう。しかし、報道を受け取った我々はそこから無責任にストーリーを作り上げ、当事者を勝手に型にはめようとしてしまう。事件のあらましを読んだときに想像した幸乃と、本編を読むうちに見えてくる幸乃がどれほど乖離していたかを知るごとに、私も無責任な世間の人間の一人だということを再認識させられた。

 

 

感想(ネタバレあり)

以降は『イノセント・デイズ』の結末にも言及しています。ネタバレ注意!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本編を繰り返し読んで一番心に残ったのが、幸乃の壮絶なまでの孤独感だった。本編中では何度も「誰かから必要とされる」という旨のワードが出てくるが、本編を読めば読むほど、幸乃が「必要とされること」を求めるあまり、自分自身をがんじがらめに縛り上げ、息もできないぐらいに締めつけてしまったように思えてきた。

 

私なりに本編を三幕構成に分解してみた。プロローグ~第二章が第一幕、第三章~第六章が第二幕、第七章とエピローグが第三幕なのではないかと思っている。

第一幕は周りの人間から愛され、必要とされていた頃の幸乃の話だ。優しい家族に守られ、正義感に溢れた友人に恵まれ、幸せに暮らしていた幸乃だったが、幸せな暮らしは母の死と共に終わりを告げる。タイトルの『イノセント・デイズ』が示すものは、この幸せだった幼少時代の日々のことだろう。

 

第二幕の前半では条件付きの愛しかもらえなくなった幸乃の姿が描かれる。第三章では幸乃の中学校での友人・小曽根理子の視点によるエピソードだ。理子には幸乃の他に、皐月という友人もいた。皐月は時に理子を愛し、時に理子を虐げる。虐げられると傷つく理子だが、それでも皐月に必要とされていることが嬉しくて、彼女から離れられない。この「時に愛され、時に虐げられる」という理子と皐月の関係性は、祖母と幸乃の関係性に非常に近いものだろうと思われる。実際、理子が皐月の気まぐれに翻弄されるように、幸乃も祖母の気まぐれに翻弄されていたことは、後の章で語られている。

必要とされたと思えば、邪魔者だと罵られる。そんな生活を続けていくうちに、幸乃は病的なまでに「必要とされること」を求めるようになったのではないだろうか。

祖母に、理子に、恐らく施設で出会った仲間にも、必要とされては裏切られ続けた幸乃。疲弊した彼女が最後にもう一度心を開く気になった相手が敬介だったが、彼も最後には幸乃を見捨てた。

 

第二幕の後半は「必要とされない自分は生きる価値がない」と思い込んだ幸乃の姿が描かれる。ここでの幸乃は死をひたすらに願っている。読んでいると大変もどかしい部分だ。

確かに、人は誰かに必要とされることで生きる気力が湧いてきたりもするだろう。しかし、「誰かに必要とされることで人は生きていける=誰にも必要とされないなら生きる価値がない」にはならないはずだ。それがわからないほどに「必要とされること」を求めすぎている幸乃の姿が哀しい。

 

第三幕では、幸乃の旧友・佐々木慎一が彼女の生への執着を煽りかける。だが、結果的に幸乃は生への執着に打ち勝ってしまうのだ。何ということだ、と思う。

と同時に、それでもこれは幸乃にとってのハッピーエンドなのかもしれないという気にもなる。誰かに必要とされては、捨てられる。幸乃にとって、これは一種の死刑だったのではなかろうか。母の死以降、幸乃は様々な人間から何度も何度も死刑に処された。

そんな幸乃にとって、この世は苦界だったに違いない。慎一が煽り立てた生への執着は、幸乃を苦界に引き戻すことに他ならない。誘惑を断ち切り、自分の意志を最後まで貫き通して、死というゴールをつかみ取った。幸乃がこれ以上苦しまなくて良いのだとしたら、たしかに彼女に贈る言葉は「おめでとう」なのだろうと思う。

 

 

とはいえ、やりきれない思いは残るわけで。読み終わったあとも、どうすれば幸乃が生きて幸せを掴めたのだろうかと考えてしまう。同時に、気まぐれに幸乃を必要としては、突き放してきた人間たちを憎らしくも思う。彼らも幸乃を必要としていたときは、真実、心の底から必要としていたのだろう。ただ、人の心が変わらずにいるとも限らない。そのときの真実は、新しい真実に塗り替えられる。そのたびに幸乃は傷ついてきた。

幸乃に寄り添うには、自分の人生をまるごと捧げなければならない。それほどの覚悟を要する人間が、田中幸乃という人物だったのだろうという気がする。…そうなると、幸乃の心を満たすことができる人間って、そうそういないのだろうなとも思えてきて、絶望したりもするのだが。

 

 

ところで、作中でとある人物が「イノセント」という言葉には「純粋、無垢」という意味の他に、「無実な」という意味もあると言及する。何故、わざわざこんなことを作中人物に言わせたのかを考えて、愕然とした。先に述べた通り、タイトルの『イノセント・デイズ』は幸乃の幸せだった幼い頃のことを指しているのだろう。それは純粋で無垢だった日々を意味していると同時に、幸乃が「無実だった日々」という意味も含んでいるのだとしたら。

幸乃は拘置所に入れられて以降、繰り返し「早く罪を償いたい」と言っていた。その罪が「誰からも必要とされていない=生きる価値がない人間である」ことだったとしたら?何てことを考えるんだ、幸乃。そんなもん、罪なわけあるもんか。彼女に直接言えるものなら、そう言ってやりたい。

人によっては全く気にしないことを罪と感じ、その末に死んでいった幸乃を、やっぱり私はもどかしく思う。

 

 

「読後、あまりの衝撃で3日ほど寝込みました…」というのが、帯に書かれた宣伝文句だ。確かに私もショックを受けたし、物凄く落ち込んだ。

落ち込んだ私の心を癒してくれたのは、バキ童チャンネルの『ワタシってサバサバしてるから』解説動画でした。主人公・網浜さんの自己肯定感の高さに、私は生きる気力を取り戻しました!(迷惑だと言われて傷ついても、一晩寝れば忘れる網浜さんには笑った)網浜さん、バキ童チャンネルの方々、ありがとうございました!

『ワタサバ』の網浜さんと幸乃を足して2で割ったら丁度いい塩梅だと思うんだが、世の中って上手く行かないよなぁ…。

 

 

個人的に『ドラゴンクエスト11』のホメロスの苦しみの質って、幸乃の苦しみとそれと近いように思う。

そんなホメロスについて書いた記事はこちら。

nhhntrdr.hatenablog.com

 

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