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『コンクリート・ユートピア』感想(ネタバレあり)

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※注意!『コンクリート・ユートピア』のネタバレがあります。

 

 

韓国発のディザスター映画である『コンクリート・ユートピア』。今現在の日本国内の状況的に、どなたにでもオススメできるものではないが、主題は災害そのものではなく「極限の状況下における人間のあり方」だと私は認識したので、この記事もそちらに重きを置く形で書きたいと思う。

 

 

 

あらすじ

あらすじは以下の通り。

世界を襲った未曾有の大災害により一瞬で廃墟と化したソウル。唯一崩落しなかったマンションは、生存者たちで溢れかえっていた。無法地帯となったいま、マンション内でも不法侵入や殺傷、放火が発生。危機を感じた住民たちは主導者を立て、居住者以外を追放し、住民のためのルールを作って“ユートピア”を築き上げることに。住民代表となったのは、902号室のヨンタク。職業不明で冴えないその男は、権力者として君臨したことで次第に狂気を露わにする。そんなヨンタクに傾倒していくミンソンと不信感を抱くミョンファ。極限の状況下でヨンタクの支配が頂点に達したとき、思いもよらない争いが勃発する。そこで明らかになった、その男の本性。果たして男の正体とはー。

 

引用元:映画『コンクリート・ユートピア』オフィシャルサイト

 

ここはユートピアなのかディストピアなのか

大災害が起こり今までの秩序が崩壊したことで、唯一無事だったマンション「皇宮(ファングン)アパート」の中で新たな秩序が築かれていく。住民たちが婦人会長の部屋に集い、マンション内の自治について話し合っている際に、「今までの身分はチャラ」的な発言があったのが妙に印象に残っている。

彼らが気にしているのは皇宮アパートに避難してきた外部の人間の処遇についてだ。避難民の大部分は高級マンション「ドリームパレス」の元住民であり、平常時は皇宮アパートの住民たちを見下してきた人々だった。そのため、皇宮アパート側としては、限りある食料等の資源を避難民にも分け与えなければならないことに納得がいかない。結果、皇宮アパートから避難民を追い出そうという結論に達する。下の身分に置かれていた者が、上の身分の者たちに反乱を起こす。今までの身分差など関係無い。まさに革命だ。

 

以前から燻っていた相手への不満が、大きな出来事を機に爆発する。その結果、「皇宮アパート住民とそれ以外」――自と他という概念が生じ、徹底的な排外主義へと傾いていく。ナチス政権下におけるユダヤ人排斥を思い出したりしたが、別にこれだけに限らず、今現在も世界中で似たような現象は起こっているのだと思う。

ちなみに新体制における入居規則とは以下の通りである。

1

マンションは住民のもの

住民だけが住むことができる。

 

2

住民は義務を果たし

その貢献度に応じて配給する。

 

3

マンションで行われるすべてのことは

住民の民主的な合意によるものであり

これに従わなければマンションで暮らすことはできない。

 

引用元:『コンクリート・ユートピア』パンフレット

排外主義により避難民という"異民族"を追い出した上で、徹底したメリトクラシーによる自治が行われているわけである。配給される物も、男たちがマンションの外で略奪してきた物資ということで、このユートピアに正義はあるのかと問いたくなる状況だ。

 

この状況を築き上げたのが、住民代表であるヨンタク。住民のひとりであるミンソンはヨンタクの強権ぶりに当初は疑念を抱いていたものの、やがて彼に心酔し、右腕へと変わっていく。そんなミンソンに心を痛めているのが彼の妻ミョンファだ。『コンクリート・ユートピア』はヨンタク、ミンソン、ミョンファを主人公とした物語だと言えるだろう。

 

ミンソンを中心としてこの物語を見た場合、極限の状況下において、自分の仲間が生き延びるためなら汚いことでもやるべきなのか、それとも人間性を保ち続けるべきなのかを問われるストーリーとなるように私は思う。前者の象徴はヨンタクであり、後者の象徴はミョンファだ。大災害直後の混乱を鎮圧し、皇宮アパートをソウル一のユートピアに変えたヨンタクに惹かれていくことで、ミンソンは人間性の象徴であるミョンファとの間に溝を生じさせてしまう。

ヨンタクの強権政治が行き過ぎた結果、最早ユートピアなのかディストピアなのかわからなくなった皇宮アパートの中でミンソンが葛藤した結果、最後に彼が守り抜いたものが人間性の象徴ミョンファだったことを考えると、決してこの物語はバッドエンドではないのだと思えた。

 

ミョンファよ、オメラスから歩み去ろう!

という風に書いてきたものの、正直なところ私はミョンファを好きになれず、後半は少々イライラしながらの鑑賞になったことを白状しておく。

最初に断っておきたいが、ミョンファはこの上なく善人だ。常に他人のために動き、排他主義・能力主義という体制を敷くヨンタク政権を彼女は一貫して否定している。極限下で本性を現したかのような皇宮アパートの人々の中で、彼女は数少ない良心だと言って良い。

例えば中盤で、ヨンタクはミンソンたち男性住民を従え、新たな物資を得るためにマンションの外に探索に出る。そこで出会うのが雑貨店の店主だ。店を守るため銃を向けてくる店主をヨンタクたちは殺害し、物資を盗み取ってしまう。ひょんなことからミョンファは配給されている物資が外部の人間を殺して得た物だと知り、ミンソンに怒りをぶつける。「殺人はやめて。配給は私の分だけで足りるから」と彼女は言う。*1

 

しかしさあ、と思ってしまう。たとえミンソンが探索隊を抜けたところで、以降も配給されるのは外部から略奪した物資なのには変わりがない。皇宮アパートは言わば『オメラスから歩み去る人々』におけるオメラスだ。

軽く説明させていただくと、オメラスとは架空の都市で、作中ではこの上ない理想郷として描かれている。だが、その繁栄はひとりの少年を想像も絶する劣悪な環境に置くことでもたらされたもの。もしも少年をそこから助け出したなら、オメラスは滅んでしまうことになっている。これを知った人々はショックを受けつつも、自分の中で折り合いをつけてオメラスの中で生き続ける。しかし、中にはオメラスを出ていく人もいる。彼らはオメラスの外が地獄だとわかっているが、それでも孤独をかえりみずに街から歩み去って行く。

皇宮アパートは住民にできるだけ多くの物資が行き渡るようにシステムを構築した。きちんとマンションのために働けば、その分だけ配給物資も多くなる。これによって、マンションは荒れ果てたソウルの中で随一の繁栄を誇るに至った。しかし、住民への物資を確保するために追い出された避難民は真冬の屋外で凍死し、物資を得るためにやって来たヨンタクたちによって殺された者もいる。ゆえに皇宮アパートは、他者を搾取して繁栄しているユートピア――オメラスなのだ。

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ミョンファは心情的にはどうあれ、皇宮アパートのシステムに守られ、夫が他者を殺して奪ってきた物資によって生き続けている。それが嫌ならば、オメラスから歩み去った人々のように、彼女も皇宮アパートというオメラスから去るべきだったのではなかろうかと思ってしまうのだ。

ミンソンの行いを責めつつもその庇護下から抜け出ることなく、ヨンタクに反旗を翻すのも彼の落ち度を発見してから。何というか、安全圏から綺麗事を言っている人間を見てイライラするときの感覚を思い出してしまった。

 

最終的にミョンファは皇宮アパートやミンソンの庇護下から抜け出さざるを得なくなる。個人的にこの映画のラストシーンから、(ビルドゥングスロマンという意味で)ミョンファの物語が始まるのではないかと思った。

 

最後に

ミョンファへの不満をタラタラ述べてしまったが、映画自体は本当に面白かった。終始中だるみせず、物語がどの方向へ向かうかまったく想像もつかない中、グイグイと作品世界に引き込まれた。

もっと深掘りすれば韓国独自の格差社会への風刺等が見えてくるのだろうが、私はあまり詳しくないので今回はこの辺で。多分、韓国の住宅事情などがわかれば、もっと楽しめると思う。パンフレットにはその辺の解説が載っていたので、非常に助かった。

個人的には冒頭で、韓国におけるアパート(日本で言うところのマンション)とは何ぞや、人々にとってのアパートという存在は何ぞやがわかるような映像が「埴生の宿」をBGMに流れたときに「うわ、もうこれ最高!」と興奮した。何でかわからんが、興奮した。

 

この作品の中心人物とも言えるヨンタクを演じたのはイ・ビョンホン。第一次韓流ブームの際に韓流四天王として「ビョン様」と騒がれていたっけなぁ。あの頃の記憶がある身としてはイ・ビョンホンさんって、物凄く華のある俳優というイメージがある。一方、ヨンタクは登場時は非常に冴えない、目立たない人物として描かれる。その際の野暮ったさ、垢抜けなさがしっかり滲み出ていたあたりに脱帽した。あのビョン様が野暮ったいなんて!

それゆえに、当初はいち住民だったヨンタクがリーダーへと祭り上げられ、自身もリーダーとして覚醒して行くにつれて、傲慢な独裁者としての貫禄がついていく。その変化もわかりやすくて、さすがビョン様だと改めて実感させられた。

 

klockworx-asia.com

 

※この先は核心部分に触れるため、一層のご注意をお願いします!

 

 

 

 

余談(ミョンファについて、もうひとつだけ)

個人的にミョンファにイライラした点がもうひとつある。

 

実はヨンタクはもともとマンションの住民ではないことを知ったミョンファは、彼に対して皇宮アパート入居規則を突きつける。そして彼女はヨンタクに「出て行って」と言うのである。ヨンタクの徹底した排外主義に心を痛めていたはずのミョンファが、排外主義を以てヨンタクを追放しようとする様は、なかなかにグロテスクではなかろうか。皇宮アパートやミンソンに守られて綺麗事を言い続けてきた彼女が、最後に己の矛盾に気付かずに正義を振りかざしているあのシーンは、見ていて非常にキツかった。

 

ただ、個人的にはこの作品がヨンタクを全否定し、ミョンファを全肯定しているようにも見えないので、作品としては有りだと思う。ミョンファは別に作中人物から過剰に持ち上げられもせず、ヨンタクの死亡シーンで彼を過剰に突き放しているわけでもない。ヨンタクもヨンタクで旧体制下の被害者であり、彼なりに守りたいものを守ろうとしてきたわけである。ただ、やっていること自体は全くもって肯定されるべきではないから、彼の死は悲しくもどこか滑稽味があるという描き方だったのは、個人的に絶妙だったと思う。

 

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*1:ミョンファは元々看護婦であり、新体制下では住民の怪我の治療などを担当している。恐らくミョンファへの配当は平均より多いと考えられる。

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