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『ライフイズストレンジ2』ネタバレ感想⑤(エピソード4)

※注意!『ライフイズストレンジ2』のネタバレがあります。

 

 

佳境に入ってきた『ライフイズストレンジ2』、感想はじまるよー。ショーンがとにかく大変だよぅ。

 

 

前回の記事はこちら。

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エピソード4「信仰」プレイ感想

喪失

農園で起こった事故によりショーンは左目を失明し、ダニエルの行方はわからなくなってしまう。その後、ショーンは警察に拘束されたらしく、エピソード4は入院中の病院でのシーンから始まる。明日、彼は退院し、少年院に入る予定だということも判明する。

ひょんなことからダニエルは農園での仕事仲間ジェイコブに保護され、ネバダ州のヘイブン・ポイントという所に行ったという情報を得る。何とか病院から抜け出したショーンは盗んだ車で一路、ネバダを目指すのだった。

左目を失ったため、長時間運転もままならないし、定期的に傷口に薬を塗る必要もある。疲労困憊の様子で夜間運転をするショーンが見ていて危なっかしい。車を空き地に止め、睡眠を取り始めたときはホッとしたものだ。

 

夢の中でショーンは亡き父エステバンとドライブを楽しんでいた。エステバンがショーンに「ディアス家の男は放浪して自分の家を、家族を見つけるんだ」という言葉をかける。そういえば、エピソード3でフィンが「過去は変えられない。だからこそ、新しい家族を見つけろ」と言っていたことを思いだした。

「過去は変えられない」という言葉が全編通じて出てきているように思う。シリーズ第一作目の主人公マックスが時間を巻き戻せる力を持っていることを意識してなのだろうが、同時に『2』では不可逆なことに対してどう立ち向かうかということを問われているようにも感じる。エステバンの死、もう戻れないシアトルの家、失った左目。過去を変えられない以上、失った物を惜しみ続けることを、世界はショーンに許してはくれない。

 

 

襲い来る理不尽

エステバンと過ごす夢は、唐突に破られる。空き地だと思っていた場所は私有地で、持ち主の男たちがショーンを叩き起こしたのだ。特にリーダーらしき男は運悪く、差別主義者だった。すぐに出て行くと主張するショーンに対し、男は執拗に絡む。車を盗んだのではないか(これに関しては完全にそのとおりで、こちらも疚しい身ではある)、他にも何か盗んでいるのではないかとショーンを問い詰め、彼の荷物を漁る。さらにはショーンに対し、スペイン語で「私は泥棒です」といった屈辱的な言葉をしゃべるように命じる。このほか、選択肢によっては「ここは私の国ではありません」と言わされたり、歌を歌わされたりする。

ここで男に抵抗を続けるとショーンは容赦のない暴行を受ける。一方、男に対して従順になれば殴られない代わり、上記の屈辱的な文言を口にすることになる。どちらを選んでも地獄で、どちらの場合でも男たちから解放された後に車の中で一人絶叫するショーンが痛々しくて仕方ない。

 

そんなショーンに、まだまだ試練は襲いかかる。ガソリンが切れたため、彼は灼熱の砂漠地帯のハイウェイを徒歩で進むことになるのだ。ここでプレイヤーはショーンを操作し、目的地へと進ませる必要があるのだが、疲労のためショーンの歩行速度は著しく遅い。速く歩かせることもできるのだが、途中でショーンがへばってしまう。よって、ショーンをのろのろと歩かせることになる。また、彼の顔や腕も日焼けで赤くなっており、見ているだけで痛くなってくる。家の中でプレイしているというのに、私まで焼けつく日ざしや乾燥しきった空気、土埃を吸い込んでいるような気分になった。

 

ここで大型トラックが通りかかるのだが、初回プレイ時は受難に次ぐ受難でショーンだけでなく私も疑心暗鬼に陥っており、乗るべきかどうか、本当に悩んだ。いざ乗ってみれば、トラック運転手の男性は本当にいい人で、一服の清涼剤となったのだった。彼はショーンが訳ありだと勘づいた上で乗せてくれたようだ。「心配すんな。そもそも…法律なんか気にしてたら、お前さんを拾ってないよ」という言葉は身に染みた。

 

 

母カレンとの再会

優しい運転手のおじさんのおかげで、何とかダニエルのいるヘイブン・ポイントまでたどりつく。そこには小さな集落があり、中心には教会が建っていた。ちょうど礼拝の最中で、クライマックスに呼び出されたのがダニエルだった。タラちゃんのような髪形となり、変わり果ててしまったダニエル!(あのワイルドな無造作ヘアはいずこへ…)彼はここで奇跡の存在と呼ばれ、神のように崇められていた。

この地でダニエルを保護しているのがアップライジング教会の牧師リスベス。ダニエルをダサい髪形に変えた張本人である。リスベスの胡散臭い語りかけを無視してダニエルを連れ帰ろうとするも、彼はリスベスをすっかり信頼しており、ショーンはあえなく拒絶されてしまう。かくしてショーンは用心棒ニコラスによって外へとつまみ出されたのだった。それでもショーンは食い下がろうとするが、突然、背後から何者かによって制止される。8年前に失踪した母のカレンであった。

カレンはジェイコブから手紙をもらい、ダニエルのことを知らされたのだという。モーテルに連れて行かれたショーンは、カレンから何故失踪したのか、今はどこに住んでいるのかなどを聞かされる。

 

エピソード2の感想で、「自分のなかの法」と「外界からの法」について私見を語らせていただいた。

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『LIS2』でこのことを考えるようになったきっかけが、このシーンでのカレンの話だ。カレンはいわゆる家庭に囚われないタイプの女性だ。それでも彼女が生きた時代の空気もあってか、結婚し、子供をもうけた。だが、ずっと違和感を感じ続けていたらしい。妻や母として生きることに耐えられず、彼女は家を出たのだという。

「自分のなかの法」と「外界からの法」との相克に苦しめられていたのが、カレンという人だった。結果、彼女は「自分のなかの法」を選び取ったわけである。

 

上の記事で「自分のなかの法」に従った例として『戦場のメリークリスマス』のセリアズ、『バスターミナル 死の真相』で被害者を庇った青年を挙げた。彼らの行った行為は、「その場の空気に流されず、よくぞ正しいことをした」と褒められるものだ。だが、カレンの場合はそれらと質が異なってくる。なにしろ、カレンが「自分のなかの法」に従った結果、ショーンは傷つき、ダニエルは母親の愛を知らない状態で生きることとなったのだ。

それでもカレンは自分の選んだ道を悔やむ様子はない。彼女は「本当の自分でいること」が如何に重要かを語る。

 

難しい話だよなあ、と思わされた。もしカレンが自分の欲求を押し殺して家庭に留まり続けたとして、それはそれで悲劇をもたらしていたような気もする。抑圧されて怒りを募らせたカレンがショーンやダニエルに当たり散らした可能性だってあるわけで。それを考えると、自らが恨みの塊になる前に家庭を離れたというのは良い判断だったのだろう。

だが、それでも母のいない家で耐え続けてきたショーンや、母の記憶のないダニエルのことをずっと見てきた私としては、手放しでカレンの選択を褒める気にもなれない。ショーンがカレンに対し言った「自分たちが辛かったとき、あんたはどこにいた」という言葉はシンプルながら、とても重い。

ただ、私個人としてはカレンがショーンたちへの罪悪感を捨てずにいたことが、ひとつの救いに思えた。カレンは自由を選んだが、その代償として、進んで罪悪感を背負い続けてきたのだ。

「自分のなかの法」に従うとは必ずしも良いことばかりだとは言えないし、それによって重い十字架を背負わされることもある。そういうことをカレンを見ている中で考えさせられてしまったのだった。

 

 

リスベスとダニエル

翌日、ショーンはジェイコブと再会する。ダニエルがヘイブン・ポイントに保護された経緯を聞いた後、ショーン、カレン、ジェイコブの三人でダニエル奪還のため、アップライジング教会へと向かった。

ジェイコブと共にリスベスの家を家捜ししていると、続々と出てくる胡散臭い書類の数々。リスベスはかつて所属していた宗派から追放された過去があると言う話、ジェイコブの妹は肺炎にかかっているにもかかわらず病院に連れて行こうとしないという話、一方で自分はちゃっかり医師の治療を受けているという話、ダニエルの許可なしに彼を養子にしようとしている話…。リスベスがダニエルを使って信徒を増やし、寄付金を募ろうとしていることは明らかだ。

だが、同時にリスベスが心からダニエルの力を奇跡と信じていること、神に対する信心が篤いことも伝わってくる資料も出てくる。彼女は根っからの悪人ではない。ならばなぜ、彼女はダニエルを放そうとしないのだろうか。

言ってしまえば、リスベスは自ら立ち上げたアップライジング教会の繁栄という自己実現のために、ダニエルを搾取しているのだ。そして、搾取していることを自覚してはいない。カレンが自己実現の代償として罪悪感を抱き続けているのとは対照的だ。自らの罪から目をそらすことで、リスベスは「聖人」でいられるのだ。

 

どうしてダニエルはリスベスを全面的に信頼しているのか。歯痒く感じるが、彼の抱える問題を考えると、仕方がないことだとも思えてくる。

エピソード3でダニエルは逃走生活に疲れていることや、プエルト・ロボスには興味ないことをショーンに訴えている。だが、その言葉はショーンにあっさりと受け流されてきた。それに、自分の力でありながら自由に使えないことや隠し続けなければならないこと、旅の中で迫害され続けてきたこと。果てには、メリル邸に忍び込んだ際に、ショーンとの仲も決裂した。倒れたショーンを見て、死んでしまった(つまりは、自分が殺してしまった)とも思ったとのことだ。もしかしたら、力を持つ自分自身への嫌悪感を抱いていたかもしれない。

肉体的にも精神的にも疲れ切ったダニエルが連れて来られたヘイブン・ポイントには、彼のための新たな家がある。もう逃げる必要はない。さらには、力のことも受け入れてもらえる。隠す必要などなく、むしろ皆は奇跡だと賞賛してくれる。

こういう状況で、ダニエルがリスベスに心酔したのも無理はないし、再び過酷な旅に連れ出そうとするショーンを拒絶したのも当然といえば当然なのだと思う。岡田尊司著『マインドコントロール』によれば、そもそも洗脳状態にある人は、救いに来た家族を敵と見なしやすいという傾向があるそうだ。

マインド・コントロール 増補改訂版 (文春新書)

 

さて、リスベスの実情を知った後、ショーンはカレンと共にダニエルのもとへ向かうのだった。

 

 

ダニエル奪還

ダニエルがリスベスの教育を受けているところに、ショーンたちが乱入する。ダニエルは初めて見る母に戸惑いの表情を隠せない。

まず、リスベス対カレンという構図になる。言ってみれば「擬似的な母」対「生みの母」だ。ここで面白いのがリスベスも、ショーンと同じ言葉をカレンに投げかける点だ。「ダニエルが苦しんでいるとき、あなたはどこにいたのか」とリスベスは問いかける。

エピソード4における最大の敵対者だから当然といえば当然だが、リスベスはショーンの影である。二人は鏡を挟んで向かい合っている紙一重の存在だ。リスベスは自らの宗派のためにダニエルを利用し、ショーンは「プエルト・ロボスへ逃げる」という目的を最優先する余り、ダニエルの気持ちを無碍にした。

今回のサブタイトル「信仰」が、重くのしかかってくるように思う。ひとつはアップライジング教会の人々――特にリスベスのダニエルへの信仰を示し、もうひとつはショーンの持つ信仰を示しているのではないだろうか。ショーンはことあるごとに「俺たちは兄弟だ」「二人でいれば、何も怖くない」と言い続けてきた。ダニエルとの繋がりに対する信仰が、この場で問われている。

 

ショーンはダニエルを説得するが、受け入れてもらえない。それどころか、駆けつけてきたニコラスに殴られてしまう。ダニエルの力によって倒れた蝋燭が周りの物に引火し、火の手が上がる。燃えさかる炎の中で殴られ、蹴られてもなお、ショーンはそのたびに起き上がり、ダニエルに呼びかける。彼は自分がダニエルに行った過ちを認め、弟への思いを叫び続ける。激しい暴行の末、ついにショーンは吐血するに至るが、なおも立ち上がる。痺れを切らしたニコラスが銃を突きつけるが、ショーンは言う。

撃ちたいなら撃てよ!怖くねえ。

やれよ。お前に覚悟が…あるならな。

あわやショーンが射殺されるというところで、ダニエルが翻意する。力を使い、ニコラスを跳ね飛ばしたのだ。命を投げ出したショーンの信仰がリスベスに勝利した瞬間なのだと私は思う。

和解した兄弟は、カレンと共に炎に包まれる教会からの脱出を試みる。そこへ立ちはだかるのがリスベスだ。このまま燃え尽きろとリスベスは言う。リスベスを脅しても、彼女は動じない。彼女もまた、信仰のために死ぬことを恐れていないのだという。リスベスの信仰心が決して嘘ではないのだ、と感じさせられるのがこの辺りだった。

プレイヤーの選択肢により、リスベスを殺すかダニエルの力で扉を開けることで、ショーンたちは教会を脱出する。

 

初回プレイ時、脱出直後のダニエルの表情を見たときに「あの生意気で無邪気な子供はいなくなったのだ」と寂しく思った記憶がある。自分の手で大きな決断を下した彼は、もう子供ではないのだ。

 

ダニエルの前で己の過ちを認め、それでもなお彼と共にいたいと叫んだショーン。エピソード4のエンディングテーマが、その気持ちを表しているように私は思った。


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エピソード4のショーン、ここが良い!

すごく重い話ゆえ、萌えるのが申し訳なかったというか、何というか…。でも、ダニエルのために殴られても殴られても立ち上がるショーンには、本当に胸が熱くなった。

 

でも、倒れたショーンにカレンが「あきらめないで」と声をかけるシーン。思わず「ボクシングのセコンドか!」と思って噴き出しそうになったなんて、誰にも言えない。

 

 

 

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