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戦メリ原作者L・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜(The Night Of The New Moon)』を読む【8】

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※注意!The Night Of The New Moon『新月の夜』『影の獄にて』『戦場のメリークリスマス』のネタバレがあります。

 


※前回の記事はこちら

nhhntrdr.hatenablog.com

 

 

The Night Of The New Moon『新月の夜』感想⑧

日本軍の敗戦が現実味を増していく中、ジャワ島の捕虜収容所はすべて解体され、捕虜は一箇所にまとめて収容されることになる。新たな収容所を目指して「私」たちは隊列を組んで行進させられるわけだが、長年過酷な生活を強いられてきた捕虜たちゆえ、その足取りは弱々しい。本文中では彼らの行進に比べて「『戦場にかける橋』冒頭の行進シーンが、王宮の部隊のパレードに思えるほど」と喩えられている。確かに「クワイ河マーチ」と共に行進する捕虜たちは身なりこそボロボロだったが、覇気に溢れていたと記憶している。

 

「私」たち捕虜はバンドンの小さな収容所(もとは少年院だったらしい)に収容される。今までジャワ島内に複数に分けて収容されていた*1捕虜たちが一箇所に集められたわけだから、とんでもない人口密度になるわけで。日本軍から支給された木材を使って寝台をつくり、それを狭い段にして何層も重ね、天井から床までびっしりと人が埋まった状態で寝ていたと言うから、驚きである。捕虜を集結させるという情報を「私」がキムから得たのが6月で、それから程なくして実際に元少年院の収容所に送られたということらしいから、時期的に6~7月くらいだろうか。インドネシアでは乾季にあたる時期なため、そこまで雨に悩まされることはなかったかもしれないが、とはいえ高温多湿の気候の国である。*2そこで何段にも重ねられたベッドの上で睡眠をとるというのは、なかなか過酷だったに違いない。

 

さらに便所の描写にも力が入っている。あまりにも捕虜の人数が多かったため、二十四時間常に便所待ちの行列ができていたという。ただ「私」いわく「運良く」灌漑用の水路が収容所の真ん中を通っていたため、並んでいる捕虜たちがバケツリレー方式で水路から便所まで水を運ぶことができたらしい。そのおかげで人力水洗便所が実現したわけだ。これによって便所が清潔に保たれ、さらには疫病の蔓延も防げたと「私」は述べている。

 

『新月の夜』から見えてくる『戦場のメリークリスマス』の側面⑧

『戦メリ』ではヒックスリが食事の内容に不満を訴えてヨノイと言い合いをする場面があるが、『新月の夜』を読んでいると、不満点は食事だけではなかったのだろうなという気持ちになってくる。『戦メリ』を見ている最中にはあまり考えないようにしていたが、やっぱり大勢の人間が暮らしている以上、トイレ事情とかも絡んできますよねー、みたいな。『新月の夜』で書かれていたように、伝染病も関わってくるわけだから、排水の処理とかを担当していた人がいるわけだよな。『戦メリ』のレバクセンバダ俘虜収容所でそういったコレラとか腸チフス的な疫病が流行っているような描写はないので、几帳面そうなヨノイの采配のもと、しっかりとシステムが組まれているのだろう、うん。

 

さて、今回は「私」とキムの仲介をする存在としてDonaldsonという英国空軍少尉が登場する。彼が捕虜になった経緯というのが指揮官から下された降伏の命令を拒否し、戦闘を続けるために別部隊と合流しようとしていたところを捕縛されたという。その後、スカブミの収容所に入れられたという。

『戦メリ』のセリアズはあくまでも英印軍(His Majesty's forces in India
)司令官の命令によって日本に降伏せずゲリラ活動をしていたわけで、命令に背いて降伏を拒んだDonaldsonとは異なるが、とはいえ経歴の似ている二人のように思う。日本軍に降伏した後、スカブミの収容所に入れられたという点も共通している。

さらには、以下のDonaldsonの気質に言及した箇所も、どこかセリアズを彷彿とさせる。

he was absolutely fearless, a born buccaneer in the better sense of the word, and with an imagination and spirit which thrived on risk. 

He himself was too independent and complex a character to confirm completely to service discipline and conditions, and was therefore never a favourite of senior service officers; 

※すべて引用元: Laurens Van Der Post, The Night Of The New Moon (Vintage Classics) (English Edition)

この自らの危険を顧みないところとか、しゃちほこばったルールに縛られないところとか、レバクセンバダ俘虜収容所の問題児セリアズっぽいというか何というか。「種子と蒔く者」セリエは言うほど収容所内で問題行動を起こしていないけれど、それはいったん横に置いておきたい。

 

『『戦場のメリークリスマス』知られざる真実』収録の大島監督のインタビューで、セリエ(セリアズ)は「南ア出身の英国軍将校」「これはヴァン・デル・ポストにとって、若干、自伝的な所があると思うんですけど、」と述べているし、私自身、この後の『新月の夜』の展開にざっと目を通したところ、実際にそうなんだろうなと感じる描写もあった。ただ、セリエのキャラクターを形づくったモデルの中に、ヴァン・デル・ポスト卿だけでなくDonaldsonもいるのではないかという気もする。

※「そうなんだろうな」と感じた部分

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(【9】に続く)

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*1:参考:

POW研究会 POW Research Network Japan | 研究報告 | 日本国外の捕虜収容所

*2:ちなみに10~3月は雨季である。『戦メリ』の作中の時期は雨季というわけだ。

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